いわゆる睡眠薬は、内科でも外科でも処方されます。患者さんは、薬で眠れるようになるので、最初は助かります。しかしながら、日中の脳機能の低下に気づかない場合もあります。夜間よく眠れるので、朝はスッキリ起きられ、良いと言いますが多くのくすりは、日中にも影響が出ます。
薬は、睡眠導入剤や睡眠薬など分けられていますが、下記で説明する消失半減期が短いものを睡眠導入剤と呼んでいるだけで、効果に違いはありません。
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睡眠薬の種類
ベンゾジアゼピン受容体作動薬
現在使用されている睡眠薬の多くは、ベンゾジアゼピン受容体作動薬です。ベンゾジアゼピン受容体作動薬は、1955年にその最初の合成物であるクロルジアゼポキシドが発表されて以来、現在でも非常に多く使われています。しかし、ベンゾジアゼピン受容体作動薬は、依存性があり最近は使用を制限していく動きがあります。2018年春の診療報酬改定でも、多くがベンゾジアゼピンである、睡眠薬と抗不安薬は、1年以上に渡って変更なく投与することが、減点対象になっています。
ベンゾジアゼピンがこれだけ普及したのは、ベンゾジアゼピン以前に使われていたバルビツール酸などの古い睡眠薬が、「睡眠薬自殺」に象徴されるように、危険な薬物だったからです。しかし、現在では一般のクリニックの外来で、このような古い睡眠薬が処方することはほぼ無いと言っても良いでしょう。したがって、睡眠薬で命を失うというようなことは、ほぼ無いと考えてもよいかと思います。
ロゼレム と ベルソムラ、デエビゴ
しかし、先に述べたようにベンゾジアゼピン受容体作動薬には、依存性をはじめとして様々な有害な副作用があります。これに対して、最近ではベンゾジアゼピン受容体作動薬とは全く異なった作用機序の薬が使われ始めています。それらは以下の2種類です。
メラトニン受容体作動薬は、脳の松果体という部分から分泌されるメラトニンと同じような働きをして、睡眠を安定させます。オレキシン受容体拮抗薬は睡眠を維持させる物質であるオレキシンの働きを抑えて、睡眠を導入させやすくします。これらの薬には依存性が無いと考えられています。
分類 物質名 商品名 メラトニン受容体作動薬 ラメルテオン ロゼレム オレキシン受容体拮抗薬 スボレキサント ベルソムラ オレキシン受容体拮抗薬 レンボレキサント デエビゴ
睡眠薬の代わりに用いられる、向精神薬
また、眠気を誘発する向精神薬(うつ病などの精神疾患に用いられる治療薬)も、最近では不眠症の臨床で用いられるようになってきました。これらの薬は、睡眠薬より「強い」と考えられがちで、そのため「怖い」というイメージをもつ患者さんが多くおられると思いますが、実際はそうではありません。ごく少量の投与によって、睡眠は改善し、また、依存性がないために、離脱も比較的スムーズです。これらの薬は、薬物の作用について知識のある臨床医によって、比較的多く使われるようになってきました。
このような薬の代表的なものは以下のとおりです。作用機序としては、下記の通りヒスタミン(覚醒に関わる物質)の働きを抑える作用と、セロトニンの働きを抑える作用が睡眠に関わるものです。
睡眠薬として用いられる主な向精神薬と睡眠薬としての作用機序 物質名 作用機序 トラゾドン ヒスタミンH1受容体遮断作用 セロトニン5-HT2受容体遮断作用 クエチアピン ヒスタミンのH1受容体遮断作用 セロトニン5-HT2受容体遮断作用 ミルタザピン ヒスタミンのH1受容体遮断作用 セロトニン5-HT2受容体遮断作用 レボメプロマジン セロトニン5-HT2受容体遮断作用
ベンゾジアゼピン受容体作動薬をなるべくやめよう
では、現在でも非常に多く使われているベンゾジアゼピン受容体作動薬について説明します。趣旨は、なるべくやめていこうということです。
ベンゾジアゼピン受容体作動薬は、日本では海外よりも多く長く使われている
これについては、独立行政法人 医薬品医療機器総合機構による平成 29 年 2 月 28 日調査結果報告書を引用します。ここに書かれているのは、日本では使われすぎているので、使用を適正にするために制限していくべきだということです。諸外国での、ガイドラインにも触れています。少し長い引用ですが、下記に示します。
現在、日本の臨床の現場では、睡眠薬や抗不安薬が、薬物依存等の薬物関連障害の原因薬物となっている。原因薬物の上位を占める睡眠薬や抗不安薬として挙げられる薬剤は、処方頻度の高い BZ 受容体作動薬で、高用量・多剤処方が高い頻度でみられているとの報告がある(臨床精神薬理 2013; 16(6): 803-812, Modern Physician 2014; 34(6): 653-656 等)。 また、国際連合の機関の1つ、国際麻薬統制委員会は、2010 年、「国際統制薬物の医療・科学目的の適切なアクセス促進に関する報告書」で、日本での BZ 系薬剤の消費量が、他のアジア諸国と比較して高いことについて、高齢人口の多さとともに、不適切な処方や濫用と関係している可能性があると指摘した(Report of International Narcotics Control Board for 2010. suppl.1, 2010, 40)。
ゾピクロン及びエチゾラムについて、濫用のおそれが確認されたことから、厚生労働省は「麻薬、麻薬原料植物、向精神薬及び麻薬向精神薬原料を指定する政令」を改正し、これらを新たに向精神薬(第三種向精神薬)に指定するとともに、投薬期間の上限を 30 日とする旨を告示した。英国においては、1980 年代から BZ の長期使用による薬物依存や離脱症状のリスクが懸念されてきた。医薬品・医療製品規制庁(MHRA)の医薬品安全性委員会は、1988 年に重度の不安に対し BZ は短期間での使用(2~4 週までに留める)と限定した 1 。2011 年 7 月には、漸減期間を含め処方期間は最長で 4 週までと改めて注意喚起している 。
フランスでは、2012 年 9 月、国立医薬品・医療製品安全庁(ANSM)より、BZ 誤用の低減のためのアクションプランが発表されており、不眠治療に対しては 4 週まで、不安治療に対しては 12 週までという継続処方期間の制限を課している 。
カナダでは、1982 年、保健省が BZ の使用に関する書籍を発表しており、その中で BZ の抗不安作用に関して、投与開始 2~4 週以降は効果が期待できないため、1~2 週間の投与期間が推奨されている。一方、BZ の依存性に関しては多数の研究結果から、ジアゼパムでは投与開始 2 週間~4 ヵ月で依存が形成されると推測されている 。
デンマークでは、2007 年、国家保健委員会より依存性薬物の処方に関するガイダンスが発表されており、BZ の処方は、不眠治療に対しては 1~2 週間、不安治療に対しては 4 週間の投与期間とすることが推奨されている。
半減期
薬は服用するとだいたい30分位で血液中の濃度が最高に上がり、それからだんだんに分解されたり体外に排出されたりしながら、血液中の濃度は下がってきます。このときに、最初の最高濃度から半分まで下がる時間を、血中濃度の半減期と呼んでいます。例えば、よく用いられているゾルピデム(マイスリー)の血中濃度の半減期は、2時間ほどです。したがって、服用した後30分ほどで血中濃度は最高値に達し、その後2時間経つと1/2に、4時間経つと1/4に、6時間経つと1/8に、8時間経つと1/16に減少していきます。したがって、朝はスッキリ起きられるというのが一般的な考え方です。
しかし、半減期については、注意しておかなくてはいけないのは、標準的な半減期は若年正常成人で測定されているものだということです。高齢になれば、一般には代謝が下がります。また、個体差は大きくなりますので、この一般的な半減期が患者さんご自身に当てはまるものかどうかはわかりません。一般的に短めのものは誰に対しても、長めのものよりは短いと思います。
また、睡眠導入剤や睡眠薬などという言葉は、半減期の短いものを睡眠導入剤と呼んでいるだけで、薬理作用に変わりはありません。どれも、同じベンゾジアゼピン受容体作動薬です。
主な睡眠薬として使われるベンゾジアゼピン受容体作動薬の半減期 物質名 (商品名) 半減期(時間) トリアゾラム (ハルシオン) 2.9 ゾピクロン (アモバン) 3.9 ゾルピデム (マイスリー) 2.2 エスゾピクロン (ルネスタ) 6 エチゾラム (デパス) 6.3 ブロチゾラム (レンドルミン) 7 リルマザホン (リスミー) 10.5 フルニトラゼパム (ロヒプノール) 24 エスタゾラム (ユーロジン) 24 ロフラゼプ酸エチル (メイラックス) 122
長い半減期の薬物を毎日服用し続けると
たとえば、半減期24時間の薬(フルニトラゼパムなど)を毎日飲むと、初日の最高血中濃度を最低値とした血中濃度で変動し、薬は24時間を通していつも血液中に滞在して働き続けることになります。更に半減期の長いものは、血中濃度は高い値で持続します。こうなると、日中も睡眠薬が働き続けるわけです。
多くの患者さんは、「いや、昼間ははっきりしているよ。」とおっしゃいます。しかし、ベンゾジアゼピン受容体作動薬と呼ばれている上記の薬は、脳の働きを低下させることにより眠気を起こさせます。日中は、前の日によく眠れたため、と、体内時計の影響で活動しやすい体の状態が作られているので、眠気はさほど感じないかもしれません。しかし、脳が働いていないことは確かなことです。これは、30年以上の前の研究[1]でも報告があります。
依存性もある
これらのベンゾジアゼピン受容体作動薬と呼ばれる薬には、多かれ少なかれ依存性が有ります。これは、脳の報酬系を刺激して、気持ち良い眠りを誘発する働きがあるということです。したがって、患者さんは気持ちよく眠れたと感謝されます。しかし、一方で、気持ち良い眠りを手放したくなくなり、睡眠薬に依存するようになってきます。海外のガイドラインは、ベンゾジアゼピン系睡眠薬を数週以上の長期に渡って投与するべきではないとしていますが、我が国ではこれは必ずしも徹底されていません。患者さんも、「よく眠れているのだから、処方してほしい」となることが多くあります。これは、このようなことをきちんと注意喚起してこなかった、医療行政の問題もあるかと思います。
このような、精神的依存は脳の報酬系の活動が強化されるために起こります。アルコールへの依存も、麻薬覚せい剤などへの依存も同じ作用機序です。ベンゾジアゼピン受容体作動薬は、この脳の報酬系を強化させる働きがあります。そのために、快の感覚があり、気持ちよく眠れるようになり、やめられなくなるのです。
したがって、ベンゾジアゼピンは受容体作動薬は、長期連用すべき薬ではありません。一方で、急に断薬すると、眠れなくなったり、イライラなど不安焦燥感が高まることもあります。
適切な薬を必要なときにだけ用いるということの大切さ
したがって、依存性にも配慮しながら、適切な薬を必要なときにだけ用いるということはとても大切です。依存性の少ない薬物を合わせて投与し、ベンゾジアゼピン受容体作動薬を減らしながら薬物に少しずつ置き換えることの意味を丹念に説明し、離脱できるのであれば、薬物から離脱した(やめた)ほうが、良いです。
私の患者さんの言葉を思い出します。「先生、薬をやめてよくわかりました。昼間あたまがはっきりしているというのは、こういう事なんですね。何年もこういう感覚になったことがありませんでした。」と。
不眠があって、薬を使っても、いつも薬はやめていくことを考え、生活から睡眠を改善することも合わせて行うことを忘れずに治療を続けていきましょう。
(改定: 2018年9月18日)
文献
- J. R. WITTEN BORN. EFFECTS OF BENZODIAZEPINES ON PSYCHOMOTOR PERFORMANCE. Br. J. clin. Pharmac. (1979), 7, 6 1S-67S