時差ボケ対策(アスリートサポートの経験から)

(Last Updated On: 2018年10月16日)

国立スポーツ科学センターとの共同で行ったアスリートの時差対策の研究が出版されました

私が早稲田大学の教員をしている頃から長く共同研究を行っているオリンピックアスリートのサポート施設、国立スポーツセンターとの共同研究で行った、アスリートの時差対策についての論文が出版されました。海外で行われる競技会で良い成績を出すためには、競技に良い体調で臨むことが要求されるのは言うまでもないことです。しかし、予選トーナメントなどでは現地に入ってすぐに試合ということもしばしばです。このような場合に、少しでも時差ボケによる症状を軽くすることは、本来の競技力を発揮するために必須です。この研究では、時差対策が現地での睡眠の改善に有効だというデータが確認されました。

Sleep and Biological Rhythmsに掲載された、我々の研究論文

一方で、このような時差対策は、ビジネスや観光でも同じように大切です。現地入りして、ボーッとした頭で商談をすることは良い結果を招きませんし、観光も楽しくありません。したがって、海外旅行をする際にはできれば時差対策をしておいたほうが良いわけです。ここでは、時差ボケの克服の仕方について、優しく解説したいと思います。

 

時差ボケ(ジェットラグ症候群)とは

時差ボケとは、ジェット機での海外旅行で、時間帯の違う地域へ急に移動したときに、体内時計が出発地(日本)のまま海外に行くため、体が夜と昼を勘違いし、昼間ボーッとしてしまう、夜になると眠れない、などの症状が出現する状態のことです。このような状態が起きるのは、体内時計が体の中の様々な生理学的状態を24時間のリズムをもってコントロールしているからです。

時差ボケ(ジェットラグ症候群)の症状
• 不眠
• 過度の眠気
• 日中の作業効率の低下
• 筋疲労感
• 頭痛
• 抑うつ気分・イライラ感
• 食欲の変化
(講談社 「好きになる睡眠医学」より引用)

サーカディアンリズム

このような24時間のリズムは、「サーカディアンリズム」と呼ばれています。サーカディアンリズムを持っている現象はいくつもありますが、これらの現象は、夜間に睡眠をとっても取らなくても維持されるリズムです。図にサーカディアンリズムをもっている体の現象のいくつかを示しました。代表的な体温を例にとると、体温は夜中から明け方に向かって下がります。これによって、この時間帯の体の活動レベル(代謝など)は低下し、ゆっくりと睡眠が取れる状態が作られているわけです。また、この時期は睡眠を安定させるメラトニンも分泌されて、睡眠に適した時間帯であるわけです。逆に、この時間帯は活動には適していません。

しかし、通常の生活の中では、夜の時間帯は体を休め、昼間は活動するという生活リズムが出来上がっているため、このサーカディアンリズムと毎日の生活は、うまく噛み合っているわけです。しかし、看護師さんなどのシフトワークでは、夜間仕事をして明け方から眠るというようなこともあるため、調子が崩れるということもあります。

時差ボケ(ジェットラグ症候群)は、サーカディアンリズムが現地時間と合わなくなった状態

このようなサーカディアンリズムは、飛行機で時差のある地域に移動しても、体の中では引き続き24時間のリズムを刻んでいます。現地について、2週間もすれば毎日の現地の日の出日の入りに合わせて、体内時計=体の中のサーカディアンリズムは、現地時間に馴染んできます。しかし、それまでの間は体の中のリズムと、現地の時間帯が合わず、昼間でも体の中は夜中のような状態で、眠い、だるい、というような状況になるのです。

では、どのようにして時差ボケを克服しますか?

東向き飛行(アメリカ)と西向き飛行(ヨーロッパ)では逆の時差

時差ボケ対策は、西向き飛行と東向き飛行では全くその対処の仕方が違います。一般には、東向き飛行で時差ボケの症状が重く出ます。例えば、NH7012という全日空の成田⇒サンフランシスコ便を見てみましょう(10月時点夏時間)。それぞれ現地時間で成田を17:00に出発し、10:20にサンフランシスコに到着します。サンフランシスコとの間には8時間の時差がありますのでフライト9時間20分です。しかし、そのときの体の中のリズムは、現地時間の8時間前の2時20分です。夜中に叩き起こされた状況になるので、ボーッとしています。更に現地で過ごしながら、午後耐えられず眠ってしまうこともあります。夜になり、23時の時間帯になっても、体内時計は15時(午後3時)です。したがって、なかなか眠れないという状況が生まれ、そして、朝はとても起きにくくなります。

東向き飛行では、出発前になるべく早寝早起きをすると良い

このような東向き飛行の時差を解消するためには、なるべく出発前に早寝早起きの生活をします。しかし、これも実際の出発前の忙しい中では、早寝ということが難しいように思います。もし可能なら、早寝して朝早くから仕事をするという生活が可能なら、そうしてみると良いと思います。また、睡眠の時間帯を変えるだけよりも、少量メラトニンや処方薬のロゼレム(ラメルテオン)を夕方の時間帯に服用しながら、朝は強い光に当たるということをすると、より効果的です(メラトニンについては他の項目を参照、ロゼレムは処方薬ですので強い推奨ではありません)。また、早朝覚醒して強い光に当たる(夏場であれば外を散歩する)ということでも、効果はあると思います。

また、大切なことは、飛行機の中で十分に睡眠を取るということです。そのためには、アルコールを控え、映画を見ることはやめて、食事をとったらすぐに眠るようにします。実際の診察場面で時差についての相談があった場合には、このときに短時間作用型の睡眠薬を処方することもあります。これによって、時差はあっても、現地に朝ついたときには、十分に睡眠をとった状態がつくられ、これによって体内リズムは夜であっても、比較的覚醒度を保つことができるようになります。

現地では、大まかには日中は光に当たるようにして、はやく現地の日の出日の入りのサイクルに体が馴染むようにしていくと良いと思います。

西向き飛行は適応しやすい

一方で、西向き飛行では、例えばNH215便は、羽田を14:15に出発し、パリに19:40に到着します(10月時点夏時間)。時差は、7時間ですのでフライト時間12時間25分です。パリで21時ころホテルにつくと、体の中の時計はすでに明け方の4時ですので眠くてしょうがありません。そこで、すぐにバタンと眠ってしまうわけです。そして、多くの場合は、パリの朝早くに目が冷めます。これは、日本では昼近くの時間になるためで、朝早く目が冷めたら、朝のパリを散歩する、ゆっくり朝食をとるなどをすることができます。強制的に朝型人間になるわけですが、朝型の生活は、社会に適応しやすいため、比較的楽です。日本の昼から夜までの時間帯をパリの昼間の時間帯に過ごすことが何日か続きながら、現地に適応していく順応のしかたとなります。

時差対策としては、行きの飛行機で現地についてから疲れすぎずホテルまでに行けるくらいの睡眠をとれば十分だと思われます。もし、更に時差対策をするなら夜更かし朝寝坊の生活をするようにするとよいわけですが、夜更かしは良いとしても朝寝坊はなかなか出発前の忙しい時間帯では難しいかもしれません。

飛行機の中の睡眠の取り方も大切

完全に時差を取り除くことは、できません。しかし、現地での過ごしやすさは、体内時計のリズムだけでなく、その前に十分に睡眠をとっているかどうかということにも関わります。したがって、東向き飛行では、飛行機の中で十分に眠ることが大事です。つ上アメリカには午前中に到着しますので、それから12時間近くは覚醒している必要があります。そのためには、多少眠りにくい時間帯でも飛行機の中で眠っておけば到着時に頭はスッキリします。薬なしで眠れる人もいると思いますが、必要であれば短時間型の睡眠薬も有効だと思います。

一方で、西向き飛行では夕方から夜に到着しますので、あまり眠りすぎると到着してから眠りにくくなるかもしれません。現地では早起きしてしまうということもあるので、そのあたりのスケジュールを考えながら、うまく補えるくらいの睡眠をとるということも大切だと思います。

また、飛行機の中でのアルコールは睡眠に悪い影響をあたえ、また体調を崩す原因にもなりますので、なるべく控えるのが懸命だと思います。

以上のようなアドバイスが、皆さんの快適な海外旅行の助けになればと思います。

参考文献

  1. Hoshikawa M, Uchida S, Dohi M.  Effect of pre-flight circadian phase-shifting approach on sleep variables after 9 time-zone eastward transition: a case report. Sleep Biol. Rhythms (2018) 16: 457. https://doi.org/10.1007/s41105-018-0162-x