学校教員のメンタルヘルスと産業医

(Last Updated On: 2020年6月13日)


教員のストレス

子どもたちは、小学校、中学校、高等学校の先生たちから多くの影響を受けて成長します。そういった意味で、小中高の教員の仕事は、子どもたちの心を育てるという意味からもとても大きな役割をもっていると言うことができます。ときに、ハラスメントやわいせつ行為などの教員の不祥事が報道されますが、言語道断だと思います。

しかし、一方で教員の仕事は多くのストレスで満ちています。すなおクリニックには、少なからず学校の先生方が来院されます。そこには様々な問題があると思いますが、いくつかの典型的な要因もあるように思います。

教員のストレス要因

教員のストレス要因で、特徴のあると感じているものについてまとめてみました。

  • 仕事が忙しすぎる:学校の先生は、授業を行うだけでなく課外活動にも関与していて、そこに多くの負荷が加わっています。最近は文部科学省では学校における働き方改革について取り組んでいますが、その中でも教員の活躍で我が国の教育レベルが高いこと、しかし一方で、教える科目の拡大(小学校の英語、ITの知識など)から大きな負荷が関わっていることなどをあげています。これらによって、教えたり評価したりすること以外に、教員がやらなければならないことが増えています。また、父兄からの教育についての意見、クレームというようなストレスもあると思います。このようなことは、以下の項目とも関わってきています。
  • 校長の裁量:職場のストレスにおいて、私が臨床の場で非常に強く感じるのは、校長によって職場の雰囲気が大きく変わることです。学校は、いわゆる「会社」とは違いますが、それでも校長はその学校の運営に対する大きな裁量があります。人事枠の関係で、経験のない人が特別支援学校の校長になるなどの人事があると、職場の管理がうまく行かず、一般教員のストレス度が上昇します。また、父兄などとの関わり合いも、上司がそれをカバーして若い教員を育てることがうまく行っていれば、ストレスは減りますが、上司が現場任せになると、ストレスが上昇します。それだけではなく、逆にこのような状況の中でなれない責任のある仕事をうまくできず、ストレスを多く感じる校長(管理者)もおり、そのためにメンタル不調をおこす事例もみられます。
  • 職場の人間関係:これは、学校に限らずどこにもあることですが、担当(担任など)が会社にくらべて変更が難しいということがあります。多くの学校の先生は公務員で、例えば産休育休などの権利が確保されています。一方で、それらの休暇を埋める方策は必ずしも十分で無い面があるようにおもいます。例えば、子育てのために定時に帰宅する先生がいて、その先生ができなかった仕事は、同年代でも独身の先生が請け負うということが常態化するというようなことです。こういったことをどのようにして仕事量の適正な負担にしていくかということは、会社よりも難しいように感じています。このようなことは当然労働者(教員)の不満に繋がりますが、管理職がそれに対してきちんとした対応をしなければ、ストレスの末にメンタル不調が起きるということがあります。
  • 産業医の不在:学校の産業メンタルヘルスの大きな問題は、産業医の不在です。これについては、様々な動きがあり以降で少し議論したいと思いますが、改善すべき非常に重要な点です。校長がこれについてよく知らない場合があります。「学校には学校医がいるので、産業医はいない。そういうものなのだ。」という、産業医学に対する理解がない校長もまだいるように思います。

教職員の健康管理と労務管理について

この項目は、(公財)日本学校保健会専務理事 弓倉 整さんの作られた資料を参考にしながら、まとめます。

これは、文部科学省で作られた解説からの図ですが、学校も一般の事業所と同様に労働衛生管理がなされなければならないことを示しています。事業所の従業員が50人以上いれば、産業医が必要になることは法令で定められていますが、これは学校も同じことです。しかし、多くの小中高の職員数は50人に満たず、ほとんどの学校では産業医は配置されていません。また、衛生推進者が誰かということも必ずしも周知されていないのではないでしょうか。掲示義務が果たされていても、どのような手続きで相談すればよいかなどが示されていなければ、実質的な効果はありません。

こういった中では、例えば県立学校などでは県の教育委員会に産業医がいて、各県立学校の職員を取りまとめて管理しているところもあります。しかし、そのような仕組みが各学校の職員への知識として情報が行き渡っているわけではないようです。

学校という「事業所」と産業医

2008年6月28日の日本醫事新報に「学校における健康管理と産業医」という文章が掲載されていますが、10年以上たった今も、学校の産業衛生の管理は大きく変化しているわけではありません。一般企業であるように、うつ状態に陥り主治医からの診断書で、「抑うつ気分、不安焦燥感、睡眠障害などがあるため、今後3ヶ月の自宅療養が必要である」という診断書を提出したら、それによって、産業医面談や休職の配慮が行われるような仕組みが、一般企業ほどきちんとあるわけではありません。

しかし、学校教員は最初に述べたように、様々なストレスのある環境にさらされています。先の、弓倉さんの資料にも「教職員の病気休職者及び一ヶ月以上の休暇取得者は1.83%で、うち精神疾患は0.88%である。学校種別では小中学校、特別支援学校に多い。」ということが指摘されています。こういった、メンタル不調を抱えた先生方が、すなおクリニックにも見えていますが、メンタル不調が発症しないような職場における予防的管理をきちんとしていく仕組みを作らなければなりません。

文部科学省からの小冊子「学校における労働安全衛生管理整備のために~教職員が教育活動に専念できる適切な職場に向けて」

文部科学省からも表記の小冊子を発行して、啓発を促しています。現在は、第3版がでています。こちらで原本のPDFをダウンロードできます。

この中でも、産業医の選任義務のない学校の教職員の健康管理について言及されており、以下のように記載されています。

○ 教育委員会等の学校の設置者は、産業医の選任義務のない教職員49人以下の学校においても、教職員の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識を有する医師や保健師に教職員の健康管理等の全部又は一部を行わせるように努めなければならない。 この場合、各校ごとに医師を選任するのではなく、教育委員会で産業医の要件を備えた医師等を採用し、複数の公立学校の職員の健康管理を担当させる等の取組も有効である。

更に、面接指導体制の整備、ストレスチェックの実施についても、奨励しています。面接指導とは、医師による面接指導のことです。これが行われている公立学校はまだ少なく、早急の改善が望まれます。

診療とこれからの学校産業衛生管理へのかかわり

クリニックは、メンタル不調を治療する場ですので、教員であっても治療のアプローチは大きくは変わりません。しかし、職場の状況を知るにつれて、メンタル不調に陥るポイントがあることもわかってきました。先に述べた管理体制もその一つです。また多くの教員の先生方は、やはり、児童生徒を優先して考え、自分の不調によって仕事ができないことを、申し訳ないと考えているようです。

すなおクリニックでの、こういった先生方への診療については、基本的には他のメンタル不調者と違いがあるわけではありません。しかし、職場での人間関係や、上司のメンタル不調への理解のなさ、また、経験のない職場への無理な配置、そして患者さん本人の特性などの様々な原因がみられれば、学校という労働現場の特徴に踏み込んで治療をするようにしています。

もし、産業医と面談できる環境があるのであれば、これについて調査して産業医に面談してもらいます。また、職場で相談できる人が誰なのかを詳細に調べて、これらの人の援助が得られるようにします。

しかし、最も強く感じるのは、先の弓倉さんも述べているように、教職員定数の少なさです。小中高の先生は、子どもたちの将来を担うとても大事な仕事です。こういった人たちが、ご自身の特性を生かして活躍できる場に学校がなることが、未来の日本を担う子どもたちを育て、よりよい社会の実現につながっていくことは間違いありません。それぞれの教員の特質を生かした職場の設定なども行えると良いと思いますが、現状は多くの教員が同様の仕事を忙しい中でこなすことになっていることも多そうです。

更には、女性の働きやすい職場環境も重要です。保育所や授乳室など一般企業でも取り組まれているこれらのことを、児童生徒のいる学校にどのように取り入れるのかは、大切な課題であると思います。また、ハラスメントの問題も、職場内でのハラスメントと同時に、過剰な保護者からの圧力があれば、それは社会的な常識の中で適正な修正を保護者に求める仕組みも重要であると思います。

しかし、産業医学的な側面から良好な労働環境が整えられていない中で、仕事量や人間関係の問題などからのストレスにさらされている場合は、職場の労働衛生管理を考える産業医が、これに対応し適正な労働環境を確保する調整をする必要があります。先生方は、自分が一生懸命やってできないということの中で、我儘ではなく、より良い労働環境を求める声を上げていくことが重要と思われますし、またそういったことについての社会の理解も必要なことだと思います。その中で、適正に産業医が配置されれば、安心して働ける労働環境が得られるのではないかと思います。その方法としては、市立学校であれば、それらをまとめて一つの50人以上の事業所と考え、産業医を配置するなどの工夫をするということです。

学校というストレスの強い労働現場に、産業医学が浸透し、産業医が適正に配置されるべきであると強く感じてまとめてみました。