うつ病を改善させる運動療法について

(Last Updated On: 2018年10月9日)

論文を書き直したものです

この解説は、臨床精神薬理 第21巻07号に掲載された私の論文「うつ病に対する運動療法の検証と臨床での実践」
を、一般向けにわかりやすく書き直したものです。専門的なところは省いて、運動療法について理解しやすいように書き改めました。

うつ病に運動療法が効果がある

過去においては、うつ病患者は十分な休息が必要であり、うつ病の患者さんには十分な休息をとってもらうということが治療上の重要な配慮でした。このことは、現在でも同じですが、これに加えて、現在ではうつ病に対する運動療法(うつ病運動療法)も効果があると考えられ始めています(文献1)。さらに、うつ病の患者さんに対して運動を奨励するメンタルヘルスの医者は増えてきているようにも思えます。

うつ病運動療法に期待できる効果

運動療法がうつ病の精神症状改善に効果があるかどうかについては、これからも研究をしていく必要のある状況ではあります。しかし、適度な運動は身体的な健康度を上げることは間違いありません。このような効果も考えて、運動療法はリワークディケアなどでも盛んに行われています。うつ病で仕事を休んでいると、動かない生活(Sedentary Life Style)となり、身体的な不調も出てくる可能性があります。このような場合に、適当な時期から運動をすすめることは、復職後の生活を考えても効果的で、とても大切なことです。

最近は、復職後にすぐにフルタイムの仕事をさせるという会社は少なくなってきています。しかし、会社に戻るとなればもとのように、満員電車、長距離の通勤などさまざまな身体的なストレスのある生活をこなしていかなければなりません。このような中で、療養中に体力が落ちてしまっていると疲れやすくなり、軽減された労働でもストレスに感じることが多くなります。そうなれば、復職後に再びストレスのためのうつ状態が生じかねないとも思われます。このような中で、復職にむけて体力をつけていくことは、治療上欠かせないこととなります。

更に、運動をすることによって、より健康な生活づくりが可能になる。このような健康な生活習慣を療養中に身につけていくことは今後の生活を考えると非常に重要なことです。

効果があることを証明する研究は?

これまでに、運動をするとうつ病が改善するのかどうかを証明する研究は数多く行われてきています。多くは、その効果を証明するものです。また、注目すべきことは、運動療法でうつ病が悪化したという報告は、ほぼありません。しかし、薬の効果を確かめるのと違って、見た目で全くわからないプラセボ(偽薬)と実薬を服用したときの効果の違いをみるような実験はなかなかできないわけです。運動をしていることは、本人がわからないということはありませんから。そういうことから、方法論的な批判もあります。

最も最近の研究から

最近の研究として、2018年に出版されたイタリア、ジェノヴァのグループの研究(文献2)を紹介します。彼らは、121名の高齢うつ病患者さんを対象に、セルトラリンという抗うつ剤を投与するS群(42名)と同量のセルトラリン投与に加え運動療法を行うS+Ex群(79名)を比較し、24週間たった後の症状を、うつ病の症状を数値的に評価するためのハミルトンうつ病尺度(HAM-D)を用いて比較しました。その結果、うつ病精神症状としての気分の改善に統計的に意味のある違いが見られた、つまり運動をしている群のほうが症状がより改善したしています(図2)。この結果から、彼らは運動療法を薬物療法と並行して行うことによって、症状がより改善していく可能性があると述べています。そういう意味では、薬物療法をしながらも、生活の中に運動を取り入れていく意味は、研究によっても示されているものがあるということが言えると思います。

実際にうつ病運動療法を実践する

生活の一部に組み込む

実際に患者さんに運動療法を勧める場合、メンタルクリニックにアスレチックジムなどの施設を持っていることは殆どありません。したがって、大事なことは継続してできる運動をすすめることです。一般にはウォーキングなどはやりやすい運動ですが、高齢者のケースなどでは難しい場合もあります。また家族の協力が得られる場合もあればそうでない場合もあります。あるいは、就労中の方で帰宅が遅い場合もあります。そういう場合には改めて運動の時間を取ることがむずかしく、可能であれば例えば駅までを歩くことなども運動になるということ試みることです。一駅前でおりて歩くことにするなども推奨されます。また、主婦であれば最近は女性専用の手軽に運動のできるジムなども有り、そういったところを利用することも良いと思います。

膝の問題などがあれば、水中ウォーキングが非常に適しています。この場合は、近隣にどのような施設があって、どのように利用できるのかを調べてみると、意外と多くの施設で行うことができることがわかります。。市の施設などは安価で利用しやすいと思います。

万歩計や活動量計を用いる

実際に運動をするときには、その結果を数値で記録していくということは持続の力となります。最近は様々なウェアラブルデバイスが発売されていますが、簡単な万歩計などでも十分な効果があります。私は、一日何歩くらい歩くのか、患者さんに合わせながら到達可能なレベルを設定し、それが到達できたらその喜びを共有し、さらに高いレベルに達するように課題を相談していきます。

近隣のスポーツ施設を用いる

当院では、まだ十分に行えていませんが、近隣のスポーツジムとタイアップできれば、更に良いと考えています。アスレティックジムには専属のトレーナーが居て、そういったトレーナーのスポーツ指導はとても励みになります。また無理のないトレーニング計画を立ててくれるということもあります。

うつ病運動療法の注意点

運動療法を行うときに、注意しなくてはいけない点について表にまとめました。

患者さんによっては、頑張りすぎる可能性もあり、ゆっくりと運動を進めていくことが肝要です。どのような運動が良いかは、過去の運動歴にも関連しています。過去に、スポーツ経験の豊富な人は、どのように運動を始めたらよいか分かっていると思います。一方、運動経験のない人は、いきなりジョギングを始めると、怪我をするなど障害が出ることもあります。したがってそういう場合は、まずは、ウォーキングなどの生活のなかで行いやすい運動から初めて、次第に強度を上げていくことも大切です。

そのときに、周りの環境も大切です。車の通りの激しい地域に住んでいたり、エレベーターの無い団地に住んでいたりするときに、どのように運動を勧めるのかについては、本人だけでなく家族の話も聞きながら相談するのが良いと思います。クリニックでのこのような運動の導入については、精神保健福祉士などと話し合いながらケースワークの一環として行っていくことも良いかもしれません。

身体的な問題について注意を払うことも大切です。特に高齢者では、変形性膝関節症などがあり、歩けないということもあります。同様に、不整脈や、高血圧などがある場合には、内科の主治医にも相談しましょう。

終わりに:ロバストな寛解を目指して

うつ病に対する運動療法の現状について、まとめました。当院では、今後も薬物療法によってうつの症状を改善させるというだけの視点でなく、背景にある生活習慣にも目を向けて、これを改善していくきっかけとしてのうつ病に対する運動療法を更に推進していきたいと考えています。その中で、よりロバスト(強靭、壮健)な寛解が導かれることを願っています。

文献

  1. Krogh J, Hjorthøj C, Speyer H, Gluud C, Nordentoft M. Exercise for patients with major depression: A systematic review with meta-analysis and trial sequential analysis. BMJ Open. 2017;7(9):1–20.
  2. Murri MB, Ekkekakis P, Menchetti M, Neviani F, Trevisani F, Tedeschi S, et al. Physical exercise for late-life depression: Effects on symptom dimensions and time course. J Affect Disord. 2018;230(January):65–70.