「物忘れ」について
岡田医師ブログ

メンタルクリニックで診療をしていると、「最近、物忘れがひどいんです」というご相談をいただくことがあります。意外に思われるかもしれませんが、こうしたお悩みをお持ちなのは高齢の方に限らず、若い方でも少なくありません。
いうまでもなく、30代までの方が認知症を発症する可能性は極めて低いです。たとえば、30〜34歳における若年性認知症の有病率は、10万人あたり1.1人と報告されています(Hendriks et al., 2021)。これは「満員バスに毎日乗っても、一生のうちに1人に出会えるかどうか」というレベルで、非常にまれなものです。
もちろん、実際に相談される方も「本当に認知症だ」と思っているわけではなく、どこかに不安を感じている、ということが多い印象です。ただ、その不安を和らげるためにも、「認知症の可能性は非常に低い(まずない)」ということを、あらためてお伝えするようにしています。
一方で、60代以上の方の場合は認知症の可能性が出てくるため、必要に応じて評価や検査をご案内しています。
では、なぜ若い方が「物忘れ」を感じるのでしょうか。
原因はさまざまですが、ここでは代表的な例を挙げてみます。
まず、抑うつ状態(気分が落ち込んだ状態)では、以下のような影響により「物忘れ」のような症状が生じます:
- 興味や集中力が続かず、そもそも記憶に残らない
- 頭の回転が鈍くなり、情報の処理が遅れる
- 「覚えよう」という意欲が湧かない
- 一部の薬剤の影響で実際に記憶力が低下していることもある
また、抑うつ状態では不安が強まり、「もしかして認知症かもしれない」と考えてしまったり、物事を悲観的に捉えやすくなるため、「自分は認知症だ」と思い込んでしまうこともあります。
専門的になりますが、抑うつ状態を伴ううつ病では、認知機能(記憶や集中力など)の低下が生じることが知られています。そして、それはうつ症状が改善した後も残ることがあり、社会復帰の妨げになることも指摘されています。
次に、ADHD(注意欠如・多動症)においても、「物忘れ」のような症状が見られることがあります。たとえば:
- 話を最後まで聞けず、情報が記憶に入らない
- 作業記憶(短時間の情報保持)が弱く、すぐに忘れる
- 外からの刺激にすぐ反応して、元の行動を忘れてしまう
これらは薬物療法により部分的な改善を認めることがありますが、それと同時にそれぞれの特性を考慮して、記憶方法や工夫について話し合うことでも改善が見込めることがあります。
最後に、睡眠障害も「物忘れ」に関係します。
もちろん睡眠障害により日中の眠気が生じて、集中力が低下するためにものが覚えられないことも考えられます。さらに、人間の脳は睡眠中に記憶の整理・固定・回収を行なっていることが知られており、特にそれは深い睡眠(深いノンレム睡眠;徐波睡眠)の間が活発だとされています。様々な睡眠障害では時折眠りが浅くなることにより深い睡眠が減る傾向があるため、記憶の定着が不十分になるようです。余談ですが、手続き記憶(体で覚える記憶;自転車に乗る、楽器演奏、スポーツ技術、など)についてはREM睡眠が大きな役割を担っていると言われています。
以上、3つの例を挙げましたが、これらはそれぞれ独立した原因であると同時に、しばしば重なって存在しています。たとえば、ADHDの方が睡眠障害やうつ状態を併発し、そこに複数の要因による記憶の問題が重なって、「最近物忘れがひどい」と感じる、ということも少なくありません。
そのため、「物忘れ」という症状だけを切り取るのではなく、患者さんの状態全体を丁寧に評価し、必要な治療やサポートを行うことが大切だと考えています。
当院では睡眠を中心に据えて診療を行なっておりますが、認知症学会や老年精神医学会の専門医も在籍しており、若年者から高齢者までの物忘れに幅広く対応していきたいと考えています。
お気軽にご相談ください。

