【専門家向け】アルツハイマー型認知症の運動療法再考

日中の身体活動が認知症を予防・治療できるのか

 

はじめに

高齢になっても、日中に活発な社会参加やスポーツ活動をするということが生活の質の向上をもたらし、更には健康という視点からも生活習慣病や悪性腫瘍の予防、更にはメンタルヘルスの向上につながるという知見が多く得られている(Fiuza-Luces et al. 2013)。このような活動が、生活の質の向上をもたらすことは間違いなく、高齢になってもこのような社会参加や身体活動が多く提供されるような社会をつくることは重要であると考える。

また、2015年に発表された厚生労働省の新オレンジプランは、認知症を患う人の数が2025年には700万人を超えると推計している。このような中で、日中の活発な身体運動が認知症予防に役に立つかどうかということは、非常に大きな興味の対象になる。多くの人たちは、認知症にならないための努力をするであろうし、運動療法がこれに有効であるとすれば、運動療法に取り組もうとするであろう。

習慣的な身体運動そのものは、間違いなく身体的な健康度を向上させる。また、気分の向上にも役に立つという知見も多く見られ、「うつ病に対する運動療法」についても、最近は研究報告も多く認められている。こういった中で、健康に良い運動が認知症の予防や治療に役に立つのかという疑問について、アルツハイマー型認知症の運動療法を取り上げて考えてみた。

認知症運動療法とうつ病運動療法のもつ意味

認知症にかかわらず、運動をすれば身体的健康度は改善する。これはしっかりとしたエビデンスであるが、認知症の運動療法の効果についてここで期待されるものは、身体的健康度を向上させることではなく、認知症の病的プロセスをリバース(元に戻す)あるいは、進行させない働きがあるのかどうかということであろう。従って、研究的に認知症の運動療法について検討する場合には、この点を明確にする研究計画が望ましい。このような視点で、認知症の運動療法について、最近の知見も多いうつ病運動療法と比較しながら考えてみたい。

うつ病は、認知症と異なって、可逆的な疾患であると言える。うつ病は再発するということはあるものの、病的な状態を寛解状態に移行することが治療である。また、うつ病が病的な状態から寛解状態に至ったという評価は、症状が軽快したということが最も重要な所見であり、症状の評価は多くの研究では、ハミルトンうつ病評価尺度などのうつ病評価尺度によって行われる。従って、うつ病運動療法の評価も、他の薬物療法の評価と同様に、うつ病評価尺度を指標として効果の判定を行っている。

例えば、Blumenthalら(1999)は、156名のうつ病患者を対象に、運動療法の効果を検討している。この研究では、約50名ずつの3つの群に患者を割付、一群は運動のみ、一群は薬剤投与のみ、そしてもう一群は運動と薬剤投与を合わせて行った。このうち、運動を行った2つの群では、16週間の健康運動プログラム(最大心拍数の70−80%の有酸素運動)を週に3回、一回5分間のウォームアップ・有酸素運動・5分間のクールダウン、という形で行っている。

結果は図1(キャプション: Blumenthalらによるうつ病運動療法の結果。エントリーで中等症、重症の2グループに分けて表示してあるが、それぞれのグループで運動群、薬物療法群、コンビネーション群のどれも最終的に有意差無く改善している。)に示したようなものであるが、これらのすべての群で16週間後に症状は軽快している。更に、図ではエントリーの時点で重症のうつ病と中等症のうつ病を分けて表示しているが、どちらの群でも16週目では、各群の間に有意差無く改善が見られている。

このようなうつ病に対する運動療法の研究は、近年多く行われている。単一の研究では、症例数が限られるため、幾つもの研究をあつめてこれを再検討し統計を行うメタアナリシス研究(Cooney et al. 2013)もなされ、これらの多くはうつ病に対する運動療法の有効性を指摘している。

一方で、うつ病の運動療法に効果があるとしても、ではなぜ運動するとうつ病が寛解に至るのかということについては、未だによくわかっていない。これが解らない理由は、うつ病の根本的な原因につながる病態生理が明らかでないからである。有力な仮説は脳由来栄養因子(BDNF)の増加である(Molendijk et al. 2014)。しかし、運動療法によって、うつ病者の脳内でBDNFが上昇し、これによってうつ病の症状が改善しているというエビデンスはない。

これに対して、アルツハイマー型認知症の病態生理はうつ病よりも明らかになっているように思われる。図に示したのはJackら(Jack et al. 2010)による総説からの図(キャプション: アルツハイマー型認知症の病態生理に関する仮説。アミロイドβの沈着、タウ蛋白の蓄積などが先行し、その後脳画像の変化、臨床的な症状が発現してくる様子を模式的に示している。)であるが、これらの変化のプロセスを食い止める治療薬の開発が現在なされており、こういったプロセスがアルツハイマー型認知症の症状を引き起こすと、多くの研究者が考えている。

こういった中で、アルツハイマー型認知症に対する運動療法はどのような役割を持っているのであろうか。アルツハイマー病の運動療法の効果を評価する場合に、うつ病運動療法のようにMMSEや認知症高齢者の日常生活自立度などの症状評価尺度の改善を評価の指標とすることが多く行われている。果たして、このような評価尺度の改善があれば、アルツハイマー病に対して、運動療法が治療的な意味があると考えてよいのであろうか。

例えば、運動器疾患に対する運動療法を例に取るとわかりやすい面があるかもしれない。例えば、筋ジストロフィー症は筋萎縮を主たる症状とする疾患であるが、このような疾患に対して、運動を行うことによりADL(日常生活動作)が改善するかどうかという問いに対しては、現状では答えが出ていないようである(Gianola et al. 2013)。しかし、このような筋ジストロフィー症に対する運動療法では、病気のプロセスをリヴァースする(改善する)働きが運動療法にあるということは考えておらず、現在ある筋の機能をトレーニングすることにより生活が改善するかどうかということが、主たる議論の対象になっている。

認知症のプロセスをリヴァースする運動療法のもつ自然科学的メカニズム

このように考えると、運動療法によって症状評価尺度が改善するということが、どのような意味をもっているのかは、厳密に考えてみる価値があると思われる。こう考えた場合、大きく2つの考え方に分けることができる。一つは、認知症に関わる病的なプロセスをリヴァースする効果を運動療法がもっているということ。もう一つは、認知症患者のもっている健康な脳機能をより強化することにより、ADLを改善させるということである。

近年の研究成果をみると、MCI(軽度の認知機能低下)をもった群にたいして、運動療法を行った場合の改善がみられるという報告は多い(Gallaway et al. 2017)。こういった研究は更に、その背景にある改善のメカニズムに目を向ける必要がある。現在、認知症運動療法の背景にあると考えられている要因として、表にまとめた。しかし、こういった要因が運動の持つMCI改善に実際につながっているのかどうかは現時点では必ずしも明らかではないが、考え方は、運動が認知症の病的なプロセスをリヴァースする可能性を示唆しているものである。多くの研究は、MCIなど軽症の認知機能障害を対象にして、その効果を明らかにしているが、これは、先のJackらの図に示した構造的な変化が軽微に起きるレベルの段階で運動療法について積極的に介入することの重要性を示している。

このような中で、最近出版されたFenesiらの研究(2017)は興味深い。彼らは、認知症の背景に遺伝的因子と生活習慣因子が独立して存在することに注目し、エントリーの時点で認知症症状のない1646名の高齢者について、アポリポタンパクEの遺伝子型を調べ、その後生活習慣を5年にわたって追跡した。その結果、遺伝子型によって運動の効果に違いがあることがわかった。特にAPOE ɛ4のキャリアでない群では、運動をしない群で認知症の発生頻度が高かった一方、キャリア群では運動は認知症の発生頻度に影響を与えなかった。このようなことから、多くの人はAPOE ɛ4のキャリアでないことから、認知症予防に運動は推奨されるとしている。こう考えると、運動は遺伝的な背景のある群の病的プロセスを食い止めることはできなかったという考え方ができ、逆に運動療法の作用点を示唆する研究にもなっている。

認知症運動療法のもつ他の様々な利点

一方で、進行した認知症患者に対して運動療法を行う意味についても考えてみたい。現在までの知見では、進行した認知症患者に対しては限定的な効果しか認められないと考えられる。例えば。Kimら(2016)は、中等度から重度のアルツハイマー病患者33名を2群に分け、6ヶ月の運動プログラムと認知トレーニングプログラムを行なわせる群と認知トレーニングのみの群で、認知機能の変化と運動機能脳変化を比較した。ADAS-cogによる変化は、運動による改善を示唆するものであったが、統計的にはわずかな差であった。一方で、運動機能は当然ながら運動群で有意な改善が認められている。

このような結果をみると、進行したアルツハイマー病患者においても、身体運動が運動能力の改善をもたらすことが明らかである。更には、集団で運動を行うことにより、毎日の生活の中に社会性をもった時間が多く生まれる。このような運動の効果は、認知症にたいする運動療法に限らないが、このような体力の向上と社会的な交流の増加は、そのものが生活の質の向上である。社会的な交流の増加がたとえ長期のなかで認知の改善をもたらさなかったとしても、生きている時間のなかでの生活の質は改善していると考えても良いと思われる。

こう考えると、運動療法を考えるときには、どのような疾患に対する運動療法であっても(特に精神科疾患に対する運動療法では)、2つの軸を考える必要が有ることに気づく。一つは、身体運動が純粋に生物学的な変化を病的プロセスにもたらし、病的プロセスに治療的な変化を与えられるかどうかということである。もう一つは、身体運動あるいはスポーツ活動がもっている様々な側面が、全人的な意味での患者個人に対してもたらす好ましい変化である。体力が向上する、歩くことの億劫さが改善される、人との交流の時間が増えるというようなことは、生きる時間の質の向上をもたらすことにもつながる。これらの2つの視点は、認知症の運動療法に、限らず気分障害は発達障害など、様々な疾患の運動療法において当てはまることである。無論、どのような治療法もそうであるように、患者への適応はあり、患者個人個人の特質を十分見極めて、運動療法の適応を考えることは言うまでもない。

このような視点で、認知症の運動療法が患者さんたちの治療と生活の質の向上という両局面で効率的に行われるようになると良いと願っている。

文献

Blumenthal, J A et al. 1999. “Effects of Exercise Training on Older Patients with Major Depression.” Archives of Internal Medicine 159(19): 2349–56.

Cooney, Gary M et al. 2013. “Exercise for Depression.” The Cochrane database of systematic reviews 9(11): CD004366.

Fenesi, Barbara et al. 2017. “Physical Exercise Moderates the Relationship of Apolipoprotein E (APOE) Genotype and Dementia Risk: A Population-Based Study” ed. Jeff Burns. Journal of Alzheimer’s Disease 56(1): 297–303.

Fiuza-Luces, Carmen, Nuria Garatachea, Nathan A. Berger, and Alejandro Lucia. 2013. “Exercise Is the Real Polypill.” Physiology 28(5).

Gallaway, Patrick et al. 2017. “Physical Activity: A Viable Way to Reduce the Risks of Mild Cognitive Impairment, Alzheimer’s Disease, and Vascular Dementia in Older Adults.” Brain Sciences 7(2): 22.

Gianola, Silvia et al. 2013. “Efficacy of Muscle Exercise in Patients with Muscular Dystrophy: A Systematic Review Showing a Missed Opportunity to Improve Outcomes” ed. Ronald Cohn. PLoS ONE 8(6): e65414.

Groot, C. et al. 2016. “The Effect of Physical Activity on Cognitive Function in Patients with Dementia: A Meta-Analysis of Randomized Control Trials.” Ageing Research Reviews 25: 13–23.

Jack, Clifford R et al. 2010. “Hypothetical Model of Dynamic Biomarkers of the Alzheimer’s Pathological Cascade.” The Lancet Neurology 9(1): 119–28.

Kim, Min-Ji et al. 2016. “Physical Exercise with Multicomponent Cognitive Intervention for Older Adults with Alzheimer’s Disease: A 6-Month Randomized Controlled Trial.” Dementia and Geriatric Cognitive Disorders Extra 6(2): 222–32.

Molendijk, M L et al. 2014. “Serum BDNF Concentrations as Peripheral Manifestations of Depression: Evidence from a Systematic Review and Meta-Analyses on 179 Associations (N=9484).” Molecular Psychiatry 19(7): 791–800.